わたしの視力は1.5だ。コンタクトのおかげだ。
遠くのベンチでタバコを吸ってる人がいた。次の瞬間、タバコを投げ捨て、足で踏み、歩き出して行ったのが見えた。
ポイ捨てである。
その瞬間、すごく嫌な気持ちになった。
そしてその次の瞬間、「拾いに行かないわたしも同類か?」と思ったら更に嫌な気持ちになった。
タバコに限らず、空き缶やペットボトルのポイ捨ては結構目にする。
自動販売機の横に設置されている、空き缶・ペットボトル専用のゴミ箱に、スターバックスやコンビニコーヒーのカップを無理やりねじ込んで入れられているのもよく見る光景だ。
沿道の花壇に食べかけのカップヌードルが捨てられていた時は本当に不愉快だった。
人生で一度もポイ捨てをしたことがないか、と聞かれれば情けないがノーだ。
当たり前のように捨てることはもちろんしないが、過去に適切ではない所にゴミが置いてあった時「まぁいいか」と捨ててしまったことがある。いわゆる「みんなやってるし」である。
このことを改めて思い出した時、自分に不快感を覚えた。
不快感はサインだ。
本当はやりたくない、というサインだ。
ゴミを持って歩くのは気持ち良くない。
だから捨てたい。
でもポイ捨てをしたらそれこそ不快度MAXだとわかった。
ゴミをゴミのまま持つから不快なのだ。
袋に入れて持てばいいだけのことだ。そしてゴミ箱に捨てればいい。
少し前にマイバッグの記事を書いたが、同じようにゴミ袋を普段から持ち歩けばいいのである。
これはわたしの近所用バッグ。
チラ見せ。
いるんだな〜レジ袋!
どやっ!日光浴させたろ!
タバコ吸う人は携帯灰皿、そしてみんなレジ袋を畳んで持とう。
それだけで世界中の不快感が少しずつ減って、ほらみんなハッピー!!!
レジ袋は、過去に突然電車で吐き気がした時に心の安定剤にもなったなー。それから信頼感高め。
(オールレーズンもいつ食べても美味しい。こちらも信頼度高め)
ちなみにこれを書いた後、先程のたばこポイ捨て場所に行ってみたが風に飛ばされたのか吸殻はなかった。
なんか悔しかったのでウロウロしてだいぶ離れた場所で吸殻を見つけて「よっしゃ!」と意気揚々と拾った。
いや、よっしゃ、じゃない。